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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)681号 判決 1977年3月29日

原告 株式会社東和商事

右代表者代表取締役 矢口政男

右訴訟代理人弁護士 山野一郎

被告 宮本幸四郎

同 宮本静江

右両名訴訟代理人弁護士 戸谷豊

同 芳永克彦

主文

一  被告宮本幸四郎は原告に対し金五〇万円とこれに対する昭和四三年四月一一日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告宮本幸四郎に対するその余の請求および被告宮本静江に対する請求をすべて棄却する。

三  訴訟費用は全部原告の負担とする。

四  この判決は前記第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

被告両名は原告に対し各自金一五〇〇万円およびこれに対する昭和四三年四月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

被告両名は原告に対し各自金二五〇万円およびこれに対する昭和四三年四月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四三年四月四日訴外鈴木正夫に対し金一〇〇万円を弁済期同年七月三日、利息年一割五分、遅延損害金日歩八銭の約定で貸付け、その担保として別紙目録記載の土地建物(以下、本件土地、建物という)に順位一番の抵当権設定契約をなし、東京法務局江戸川出張所昭和四三年四月八日受付第一二七三七号抵当権設定登記を経由した。

2  次いで原告は同年四月五日前記鈴木から本件土地建物を代金二五〇万円で買受ける旨の契約をなし、同月一一日内金一〇〇万円を前記貸金債権と相殺し、残金一五〇万円を支払い、右売買を原因として本件土地建物につき前同出張所昭和四三年四月一五日受付第一三九五一号所有権移転登記を経由した。

3  原告及び前記鈴木は前記抵当権設定、所有権移転の各登記手続を司法書士を業とする被告宮本幸四郎に委任したが、本件土地については登記済証が存在しなかったので同被告はこれが滅失したとして妻である被告宮本静江と共に前記鈴木が登記義務者として人違いのない旨の保証書を作成して前記各登記手続をなした。

4  ところが前記各登記は鈴木の姉の夫で鈴木方に同居していた訴外佐藤正和が鈴木の印鑑及び印鑑届を偽造し鈴木の氏名を冒用してなしたことが判明し、本件土地建物の真正の所有者である訴外鈴木正夫は原告に対し前記各登記が自己の意思によらないことを理由として、その抹消登記手続請求の訴を東京地方裁判所に提起し、該事件(東京地方裁判所昭和四三年(ワ)第六八三四号)は昭和四八年一二月一四日鈴木勝訴の判決が言渡され、その確定により前記各登記はいずれも抹消されるにいたった。なお、昭和四八年一二月一四日当時の本件土地建物の価格は土地のみでも金二〇六五万円を下らないものであった。

5  被告宮本幸四郎は訴外鈴木正夫とは一面識もないのにこれを確めることなく漫然と訴外佐藤正和を鈴木正夫と誤認して前叙のとおり保証書により前記各登記をなしたものであって保証書の作成につき委任契約における受任者として善良な管理者の注意義務をつくさず人違いの有無を確認しなかった点に債務不履行の責を免れないと共に、保証書の作成につき人違いでないことを確認しなかった点に重大な過失があり不法行為の責も免れない。また、被告宮本静江は被告宮本幸四郎と共に保証書を作成しているが、その作成につき前同様の重大な過失があり共同不法行為の責を免れない。

6  原告は被告宮本幸四郎の前記債務不履行ないし不法行為、被告宮本静江の共同不法行為により本件土地建物の所有権を取得できなかったので、主位的請求として被告両名に対しその価格のうち金一五〇〇万円とこれに対して売買契約成立の日である昭和四三年四月一一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

7  仮りに右請求が認められないとすれば、原告は前記のとおり被告両名の保証書を信頼し鈴木正夫と自称する佐藤正和を鈴木と信じて合計金二五〇万円を出捐し、昭和四三年四月一一日本件土地建物の売買契約を締結したものであるから、予備的請求として前同様の理由により被告両名に対し金二五〇万円とこれに対する昭和四三年四月一一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は原告主張の各登記がなされたことを認め、その余は不知。

2  同3は認め、同4は不知。

3  同5は被告両名が保証書を作成し、被告宮本幸四郎が原告主張の各登記手続をなしたことを認め、その余は否認。

4  同6、7は争う。

三  被告らの抗弁

原告の被告両名に対する不法行為に基く損害賠償請求権は、被害者である原告が損害及び加害者を知った昭和四三年八月一日から起算して既に三年の消滅時効が完成しているから、右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一主位的請求について

右請求は、原告が訴外鈴木正夫を自称する訴外佐藤正和から本件土地建物を買受け、その所有権移転登記手続を被告宮本幸四郎司法書士に委任したが、本件土地について登記済証が存しなかったため同被告とその妻である被告宮本静江は登記義務者の人違いか否かを確めることなく漫然保証書を作成し、被告幸四郎において登記手続を了したので、後日本件土地建物の真正な所有者である鈴木正夫から、その抹消請求の訴を提起されて敗訴し、本件土地建物の所有権を取得できず、その価格相当の損害を蒙ったところ、これは被告らの前記保証書作成の債務不履行もしくは不法行為に起因するので、右価格相当の損害のうち一部の賠償を求めるというに帰するが、原告が鈴木正夫の所有する本件土地建物を同人以外の佐藤正和から買受けたとしても、本件土地建物の所有権を取得できないことは当然のことであって、原告の主張する被告両名の登記手続上の過誤(人違いの有無を確めることなく保証書を作成したこと)が仮りに存在したとしても、これと前記所有権取得の不可能とはなんらの因果関係もないから、因果関係の存在を前提に本件土地建物の価格相当金の一部を損害賠償として請求する原告の主位的請求は主張自体失当として棄却を免れない。

第二予備的請求について

一  争のない事実

本件土地建物については原告を登記権利者、訴外鈴木正夫を登記義務者として原告主張の如き抵当権設定登記及び所有権移転登記が経由されているが、これらの登記手続は原告と訴外鈴木の両名から司法書士を業とする被告宮本幸四郎に委任されたところ、本件土地については登記済証が存在しなかったので同被告とその妻である被告宮本静江において、登記済証が滅失したとして登記義務者の人違いでないことを保証する旨の保証書を作成したうえ被告の宮本幸四郎において前記手続をなしたものであることは当事者間に争がない。

二  登記義務者の人違いの有無

《証拠省略》を総合すると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  原告は昭和四三年二、三月頃に自称鈴木正夫なる者から金一〇〇万円の融資申込を受けたので原告従業員で主に貸付け調査を担当していた藪崎茂が担保物件である本件土地建物の調査に赴き、現地で自称鈴木と同人の妻と覚しき女性に逢ったが、自称鈴木から本件土地建物が担保物件に間違いない旨告げられただけでこれを信用し、近所の人や右女性に確めることもなく調査を終え、これに抵当権を設定することにして融資を決定した。登記関係については自称鈴木から建物は未登記であり、土地の権利証はなくしたといわれ、被告宮本幸四郎司法書士を指定されていたので同年四月四日前記藪崎は自称鈴木と共に同司法書士を訪れ、原告代表者石谷恒治と鈴木正夫の署名押印のある委任状(もっとも原告代表者の署名は藪崎が代行した)、印鑑証明書等を交付して抵当権設定等の登記手続を委任した(建物の保存登記は既になされていた)。同日原告は自称鈴木に金一〇〇万円を貸付けた。

2  被告宮本幸四郎は前記受任に際し委任者双方とも面識がなく且つ土地については保証書を作成して貰いたいといわれたので自称鈴木からそのために必要な印鑑証明書を受領すると共に生年月日、数え年をたずねたくらいで同人の申出どおり鈴木本人であると信じて受任した。そして同年四月八日付で自己と妻である被告宮本静江の氏名を保証人欄に印刷してあらかじめ用意された保証書用紙に必要事頃を記載して保証書を作成したうえ同日抵当権設定登記等の申請をなし手続を了した。

3  他方、自称鈴木は前記融資の翌日である同月五日には金一五〇万円の再融資を原告に申込んだので原告は担保の趣旨で同年六月五日を期限とする買戻特約付で本件土地建物を代金二五〇万円で買受けることとし、同年四月一一日前同様被告宮本幸四郎司法書士に原告代表者、鈴木正夫双方の署名押印のある委任状等を交付して所有権移転登記手続を委任したのち、さきの融資金一〇〇万円を売買代金と相殺し残金一五〇万円を自称鈴木に交付した。被告宮本幸四郎は翌一二日前同様の被告宮本静江と連名の保証書を作成すると共に登記申請をなして手続を了した。

4  原告従業員の藪崎は買戻約定の期限である同年六月五日までに数回自称鈴木方を訪れたが逢えなかったので紹介者である小宮某に融資金の返済請求を依頼していた。しかし同人からも音沙汰がないので返済期限を徒過した同年七月頃には買主を探し、自称鈴木方の戸口に何日までに返済しないと他に転売する旨を名刺に記載してはさんできた。その翌日自称鈴木が訪れたので転買人を含め三名で被告宮本幸四郎司法書士のところを訪れたところ本件土地建物には既に同年六月一〇日受付の処分禁止仮処分の登記が自称鈴木と同一住所の鈴木正夫名義でなされていることが判明した。そこで藪崎は一旦会社に戻って自称鈴木を追及し身分証明書か運転免許証を持参するように指示して帰したが、その後自称鈴木は姿を現わさなくなった。その後一ヶ月位を経た同年八月頃藪崎は小松川警察より呼出をうけ本件について訊ねられると共に自称鈴木を逮捕したらもう一度来て貰うからといわれて帰った。他方本件土地建物の真正な所有者である鈴木正夫は既に原告を相手取り登記抹消等の訴を当庁に提起していた。その訴訟により自称鈴木とは鈴木正夫の義弟で同居していた佐藤正和である疑が極めて濃く真正な所有者である鈴木正夫とは別人であることが認められた。原告は佐藤が鈴木正夫の代理人であると主張して争ったが、その点につき何らの証拠も提出し得ず、結局、昭和四八年一二月一四日原告に対し前記各登記の抹消を命ずる判決の云渡がなされ、その確定により前記各登記の抹消がなされた。

三  保証書作成行為と損害との因果関係

1  前段認定の事実によれば、原告の第一回融資金一〇〇万円の出捐は被告らの保証書作成に先立ってなされていることが明らかであるから、その作成に手落ちがあったとしても、このことと右出捐との間に因果関係ありとはいえず、したがってこの部分の原告の請求は理由がない(なお、右金一〇〇万円は後記第二回融資金一五〇万円とあわせ合計金二五〇万円をもって本件土地建物を買受け、その代金中の金一〇〇万円と相殺した形がとられているが、このような操作が因果関係がないとする上記判断に影響を及ぼさないことは当然である)。

2  しかしながら原告の第二回の融資金一五〇万円の出捐については、当初の抵当権設定登記申請に際して自称鈴木の人違いであることが判明していれば、原告が右出捐をしなかったであろうことは容易に推測されるところであるから、被告らの第一回保証書作成行為と原告の第二回融資金一五〇万円の出捐との間には因果関係ありといわなくてはならない。

四  被告宮本幸四郎の責任

1  およそ不動産登記法第四四条が登記義務者の権利に関する登記済権利証が滅失した場合の登記申請に登記義務者の人違いなきことを保証した成人二名の保証書の添付を要求する所以は、これによって登記義務者として登記の申請をしようとする者が現に登記名義人その人であり且つ登記の申請がその意思に出たものであることを確めて不正の登記を防止し、登記の正確性を担保せんとするところにある。したがって保証書の作成にあたっては現に申請者として現われた人物と登記義務者が同一人であるか否かについて善良なる管理者の注意をもって充分な調査をつくすべき義務のあることは云うまでもないところ、さきに認定したところによれば、司法書士を業とする同被告は自称鈴木とは面識がないにもかかわらず単に印鑑証明書を受領し、生年月日や数え年をたずねた程度で自称鈴木を鈴木正夫本人と誤信して疑を持たず、それ以上に住所に連絡し或いは就職先を訊ねてこれに連絡するなど人違いの有無を確める手段をなんらとらなかったことが明らかであるから、不法行為の成否を判断するまでもなく、委任契約における善良なる管理者の注意義務に違反しこの点に債務の不履行ありといわねばならない。

2  しかしながら、さきに認定したところによれば、原告従業員藪崎は本件土地建物の調査に赴きながら充分な調査をつくさなかったため自称鈴木の人違いであることに気付かず、原告はその調査に基き再度にわたる融資を決定しているのであるから、本訴請求は自己の手落ちを棚にあげて登記手続の委任を拒み得ない(司法書士法第六条)同被告に責任転嫁を計ったものと受取れないこともないのであって、そのような原告の手落ちは公平の観念にてらし過失相殺の法理に則り職権で考慮さるべきであり(最高裁昭和四三年(オ)第六五〇号、同年一二月二四日判決、民集二二巻一三号三四五四頁参照)、その割合は原告二、同被告一と解するのが相当である。したがって同被告が原告に対して支払うべき金額は前記金一五〇万円のうち金五〇万円となる。

五  被告宮本静江の責任

1  同被告が保証書の作成につき、その夫である被告宮本幸四郎司法書士に一任し人違いの有無を確めるなんらの措置もとらなかったことは、さきに認定した事実から明らかであるから、被告宮本静江は前記保証書の作成につき過失ありといわざるを得ず、同被告は不法行為に基き原告に対しその損害を賠償すべき義務がある。

2  そこで同被告主張の消滅時効の抗弁について検討する。

さきに認定した事実によれば、原告従業員藪崎は昭和四三年七月頃には自称鈴木の人違いでないかについて強い疑をもち同人に対して身分証明書か運転免許証の提示を求めており、さらに同年八月頃には小松川警察に呼ばれて自称鈴木の逮捕後もう一度来署して貰いたいと云われているし、鈴木本人から提起された別件訴訟において原告は佐藤正和が鈴木本人の代理人であると主張しながら何らの証拠も提出しえなかったことが明らかであるから、訴訟の結果を待つまでもなく原告は藪崎が小松川警察に呼ばれて自称鈴木の犯行を知らされた時点(昭和四三年八月頃)において損害及び加害者を知ったものと推認される。したがって以後三年の消滅時効期間の経過していることは暦算上明らかであるから同被告の抗弁は理由があり、結局原告の同被告に対する本訴請求は棄却を免れない。

第三結論

以上の次第で原告の被告宮本幸四郎に対する本訴請求は金五〇万円とこれに対する債務不履行後の昭和四三年四月一一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求部分および被告宮本静江に対する本訴請求をすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 麻上正信)

<以下省略>

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